子供頃見た絵画からの衝撃は忘れない 防災備蓄食品にダイエットを忘れる

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昨日はハッキリしないお天気。

午前中には、久しぶりに夕方6時から始まる地元サッカーチームの応援に行くと言っていた夫だったけれど、4時過ぎから雨が酷くなり行くのをあきらめた様子。

夕飯は作らなくていいと言っていたので特に確認することもなく、自分の分だけ適当に作って食べた。

子供の頃見たあの絵画から受けた衝撃は忘れない

9月1日は「防災の日」でしたね。

そこで先日防災用品を再度見直してみた。

中身の一部、別にお水や薬、レトルト食品も入っている。

見直しながら子供の頃よく出かけた【震災記念堂】のことを思い出した。

我が実家は浅草まで歩いて15分の東京下町。

反対方向の両国に向かって15分ほど歩くと途中に震災記念堂がある。

今は「東京都慰霊堂」と呼ばれているけれど、子供の頃に慣れ親しんだ名前は【震災記念堂】。

ここは1923年大正12年9月1日に発生した関東大震災時に多くの方が避難し猛火、旋風によって命を落とした場所。

その後、太平洋戦争の東京空襲によって亡くなったかたも合わせて計163000体の遺骨が納められている慰霊堂でもある。

1930年の建立以来、毎年9月1日になると慰霊の行事が行われている。

子供の頃9月1日になると姉妹4人揃って浴衣を着てここに出かけた。

慰霊堂の敷地回りに盛大に並ぶ夜店が目的で金魚すくい、ヨーヨー釣り、綿あめ。。。

でんでん太鼓を買ってもらった時の嬉しかった気持ちはまだ胸の奥に残っている。

妹とふたり毎日のようにくるくると回し太鼓の音色を楽しんだ。

さて小学校低学年の時、初めて震災記念堂の建物の中に入った。

何だか怖くてなかなか入れなった場所。

中は薄暗く広く、中央には祭壇があり、周りの壁の上部には2メートル四方の震災画が掛けられている。

これらは画家である徳永柳州が震災翌日に市中を歩いて回りその惨状をスケッチし1ヵ月かけて大型震災画として仕上げた作品。

震災による津波の様子、浅草や日本橋の惨状、12階建ての塔の崩壊、旋風に巻き上げられる人々、公園に避難したした人々の混乱の様子。

今もその作品に描かれた惨状は脳裏に残っている。

子供の頃見たあの絵画から受けた衝撃は忘れない 。

その後二度と入れない場所になった。

最近の地球規模の天変地異。

あの絵画の出来事は明日にも我が身に起こる可能性があることを忘れないようにしなくてはと改めて思った。

防災用の備蓄食品の見直し

防災用品の見直しと共に防災用に備蓄している食品の消費期限をチェック。

消費期限順に保管しているので日付は確認しやすい。

すでに期限が過ぎた物、今年中に期限を迎えそうなものだけ取り出してみた。

籠に入れテーブルの上に置き夫に「もし食べたい物があったらここから選んでね」と伝えてある。

ダイエットを忘れた昨日の食事

昨日のお昼ご飯は籠の中から選んでこの2点にした。

両方で計800kcal。

カップラーメンも甘いお菓子もダイエットのために控えていたもの。

ただマフィンは7月、ラーメンは8月とすでに消費期限を過ぎている。

早く片付けなければ。。。。

品質はどうかしらと思ったけれど両方とも全然大丈夫。

美味しく頂いた。

夕食は長い間冷凍庫で場所を取っているピザを片付けることにした。

業務スーパーで購入したイタリア直輸入ピザマルゲリータ。

タップリ野菜サラダと一緒に半分だけ。

写真は撮り忘れなので空き箱を写した。

昨日は久し振りにダイエットを忘れた食事。

ジャンクフードって美味しいですよね。

8時間以内だったら何を食べてもいいという半日断食ダイエット。

その言葉どおり前回は運動もせずに何でも食べていたので失敗。

今回は失敗したくないので今日からカップラーメンもピザも甘い物も控えなくちゃ(>-<)